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大きな転換期を迎えている今、私たちはこれからの未来をどう生き抜くか

永田晃也 技術経営、科学技術政策

23/09/25

 今回は、「大きな転換期を迎えている今、私たちはこれからの未来をどう生き抜くか」というトークテーマをいただいています。このテーマについて専門分野の視点からお話しすることになっている訳ですが、正直に申し上げると、非常にテーマが大きいために、何をお話ししたものか考えあぐねていました。しかし、ともかく、このテーマに表れている問いに対する私自身の違和感から話し始めてみようと思います。
 まず「私たちは大きな転換期を迎えている」という認識は、今に始まったものではなく、おそらく歴史上のどの時点でも、その時代を生きた人々に持たれていたのではないかということです。どの時代にも、その時代なりの困難というものがあり、その困難さを強く意識する人々によって、今こそこれまでの生き方、働き方を変えなければならない「転換期」を迎えているのだと認識されてきたのではないかと思います。それぞれの時代の困難には、他の時代状況とは異なる固有性が認められるでしょうが、一方では、その質において互いに類似した性質を持つ時代を見出すこともできる筈です。そう考えると、自分たちの直面している困難の重大さを特権化して、今こそが大きな転換期であるとする意識は薄れてくるのではないでしょうか。
 私が、こういうトークテーマに水を差すようなことを言うのは、現状の困難さを誇大に宣伝して危機感を煽るようなことは、学者が最も慎むべき行為だと思っているからです。無論、自然現象であれ社会現象であれ、学者は自らの研究対象に何らかの重大な変化の兆候を発見することがあれば、それをいち早く社会の構成メンバーに伝えて、必要な行動を促すべきです。しかし、それが重要な義務であればこそ、さしたる根拠もなく徒に社会的な注目を集めるような言辞を弄んではならないと思うのです。そうでなければ、学者が本当に重大な危機の兆候に気づいた時に警鐘を鳴らしても、社会に信用してもらえなくなるでしょう。
 例えば、近年の状況を、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の頭文字をとって「VUCAの時代」と呼ぶ人たちがいます。VUCAという語は1990年代に米国で生まれた軍事用語として知られていますが、それが近年ではビジネスを取り巻く予測困難な状況を表す言葉として使われている訳です。実際、このような言葉は、新型コロナウィルス、激甚災害の多発、ロシアのウクライナ侵攻といった予測困難な要因が経営環境を変動させてきた状況を経験した企業にとって受け入れ易いのかも知れません。しかし、こうした環境変化を「VUCAの時代」などと呼んでみたところで、困難の本質が見えてくるわけでもありませんし、せいぜい情報収集能力を高め、迅速な意思決定を行うことがこれまで以上に重要だという程度の凡庸な結論が導き出されるだけでしょう。
 ただ、実際に現在、自らの関わっている企業経営が何らかの事情で転換期を迎えていると認識されている経営者やビジネスパーソンはおられる訳です。そうした認識をお持ちの方々のご参考に供するためは、今日の日本企業が直面している一般的な経営課題とその解決策についてお話しすると良いのかも知れませんが、既に私は最近の放送の中で、日本的経営を再検討する視点から、その点については論じたことがあります。そこで、今回は私がお話しする最後の機会でもありますから、いま切実な苦境に立たされている経営者やビジネスパーソンを想定して、一般的な経営課題ではなく、目の前の苦境を乗り越えていただくために、私が最低限申し上げられることを申し上げてみたいと思います。
 まず、先にも述べたように、どれほど困難な経営環境に思われても、大抵の状況は長い歴史の中で見れば、既に私たちの社会が少なくとも一度は経験しているものだと言うことです。従って、かつて同じような困難に直面した人々が、その状況とどのように対決し、どのような教訓を残したのかを振り返ることによって、今日の困難を乗り越えるための手掛かりが得られる筈です。経営学を含む社会科学という学問は経験科学ですから、そのような手掛かりを、経験的なデータに基づいて提示することはできる筈だということです。
 また、どれほど困難に思われる状況でも、それを歴史的な時間の中において見れば、必ず終わりが見えるということ、終わりのない夜はないということです。長く続いた新型コロナウィルスのパンデミックにも、私たちは漸く出口を見出しました。この経験を忘れずにいることは、現在の苦境を乗り越え、将来に向かって生き抜く上で重要かと思います。ともかくも生きて、皆さんの経験を将来に繋いでくださいと、申し上げたいのです。
 そして、少し時間的に余裕があれば、皆さんの苦境を歴史的な時間の中で相対化し、その経験を科学するための方法を学ぶために、大学という場にいらしてみてください。そこで私が皆さんにお会いすることがあれば、「VUCAの時代」などという聞いた風なことは決して言いません。ただ、もう還暦を過ぎた年寄りですから、「心配なさるな。お前様、それはな、実は昔もあったことなのじゃよ」という言葉遣いで、話を始められるようにしたいと思います。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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