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廣岡浅子の生涯からまなぶ③

平野琢 企業倫理、リスクマネジメント

22/05/30

今日もこれまでに続き広岡 浅子、明治・大正期に活躍した女性実業家について深くお話をしていきたいと思います。これまでは浅子の幼少時代と加島屋という大きな金融業の商家に嫁いだというプロセスを話しましたが、今日は浅子が事業家にデビューした、その初期の様子と功績について話していきます。
前回も話しましたが、明治維新の社会的な混乱と動乱に伴って、浅子が嫁いだ加島屋は明日倒産してもおかしくないほどの負債を抱えて大ピンチに陥ってしまいました。浅子は借金の整理、そして借金の返済の猶予の交渉、そして債権の回収、新規融資の断りなど加島屋のために奔走しはじめます。しかしこの業務はとても困難な交渉になるものばかりです。

借りたお金を返すのを待って欲しいとかこれ以上は貸せないとかというのは非常に商談としても難しいものだというのは想像に難くありません。しかも当時男性以外は重要な商談が行えなかった、または行う事が少なかった明治時代なので、女性である浅子がこのような難しい交渉をまとめて成果を出すにはやはり大きな困難があったことは想像に難くありません。では前途多難な事業家デビュー、浅子はどうなったでしょうか。さまざまな記録を見てみると、浅子は驚くべき行動力と忍耐力でこれらの交渉をまとめています。例えば当時の宇和島藩、今の愛媛県の辺りにあった藩なんですが、ここにおける交渉のエピソードというのはとても有名です。この時宇和島藩の役人との交渉に浅子は向かいました。直接交渉、しかも単身で乗り込んだそうです。そうなると藩の役人はやはりこのような交渉にはとりあいたくなかったために浅子を相手にしませんでした。浅子はどうしたかというと交渉に応じるまで私は帰らないとその藩の役人に主張したそうです。これを聞いた藩の役人は、帰らないのは自由にしてくださいと言って、女性である浅子を無骨な男性達が宿泊するような施設、これは人物評伝では荒くれ者達が泊まっているような部屋と書いてあるんですが、そこに案内します。当時の藩の役人としては大商店の若奥様がこのような部屋に泊まるわけがない、つまりはこれで帰るだろうと思ったのだと思われます。しかし当の浅子はどうなったかというと平気でその部屋で一夜を明かし、さらに次の日の朝には意気揚々と交渉に再来したそうです。さすがにこれを見た役人はあきらめて、浅子の交渉の応じたという記録が残っています。この他にもいつも一番安い汽車の座席で大阪と東京を往復していた、或いは交渉に赴くために現在の東京の深川と小石川の間、今直線距離で5㎞程度あるんですが、ここを人力車も使わず徒歩でよく通ったというエピソードが残っています。当時の舗装されていない道を着物で歩くというのは相当なことだと思います。このようなあまりの浅子の働きぶりの過酷さに、周囲からはそんな労働では死んでしまうとまで浅子は言われましたが、浅子はそれで構いませんと一蹴したそうです。

このような働きぶりは着実に成果をもたらしています。例えば有名な成果として、高松、松平家に対する122,600円、現在の貨幣価値に換算すると約6億3千万円の価値になりますが、このような借金を何件も鹿島家は抱えていたというのは驚くべきことですが、この借金のうち約六割を免除してもらうという約束をとりつけたという記録が残っています。このような浅子の努力があり、加島屋は徐々に経営を立て直していきます。この記録、そしてエピソードからは実業家としての浅子の経営哲学や行動原理を垣間見ることができます。目的達成のためになにが必要か、これをしっかりと考えて、必要であると判断した場合には前例や慣習にこだわらずこれを実践していくという姿勢だと思います。そして浅子の行動が凄く限られた時間や資源の中で確実に成果を出してきたことなどを考えた場合、浅子が無計画、がむしゃらにこれらの交渉や行動を行ったと考え難いです。浅子の行動は女性が単身で直接交渉に乗り込んでくる、大商店の奥様が安い汽車や徒歩で常に移動するという当時の文化からは受け入れられない行動になります。やはりこれらの習慣を逸脱した行動は加島屋は大丈夫なのか、加島屋の奥さんはなにか凄いぞという、ともすれば加島屋の評判を脅かすリスクも負うため、やはり浅子がやらなければならないことを明確に意識してこれが必要だという確信があったからこそ為しえた行為であったと考えられます。

今日のまとめです。事業家デビューをした広岡浅子は鹿島家の経営難を救うべく様々な難しい交渉に挑戦して確実な成果を出しました。そこにおける浅子の行動からは、目的達成のためになにが必要かを考え、必要であると判断した場合には前例や習慣、文化にこだわらずにこれを実践していくという彼女の事業家としての姿勢が垣間見れます。

分野: 企業倫理 経営リスクマネジメント |スピーカー: 平野琢

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