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オペレーション・ワープ・スピード②

荒木啓充 バイオ産業

21/10/21

前回は、通常は5年も10年もかかるワクチン開発が、この新型コロナウイルスのワクチンに関しては1年足らずで実用化できた理由として、アメリカが国家プロジェクトとして「オペレーション・ワープ・スピード」を立ち上げ、様々な省庁の枠を超えてオールアメリカで臨み、とにかくスピード感を持ってワクチンをつくろうというワクチン開発のプロジェクトがあったというお話でした。今日はその続きになります。

今日は、実際にこのプロジェクトによってワクチン開発が1年足らずで開発出来た具体的な要因についてお話します。
前回の復習ですが、通常のワクチン開発の流れは、①安全で効果的なワクチンを開発する、②大量生産する工場など製造設備を構築する、③必要な医療機関にきちんと届けられる物流システムを構築する、という流れで進んでいきます。仮に安全で効果的なワクチンが開発出来ていない段階で工場や物流システムを作っても、最終的にワクチン開発が出来なかった場合、作った工場は当然使われることもなく、その価値はゼロになります。従ってワクチン開発はその前のプロセスが完了して、もしくは完了の目途がたってから次に着手するということになります。このオペレーション・ワープ・スピードのすごいところは、この3つの工程を同時並行に進めたことにあります。では、なぜそんなことが出来たのかというと、オペレーション・ワープ・スピードはそのリスクをアメリカ政府が負ったためです。

そのため、安全性や効果の試験を省略したわけではなく、通常の厳しい基準の治験や臨床試験を進めながら、同時にワクチンを大量生産する設備の構築、それを全米に届ける物流システムの構築を並行で進め、安全で効果的なワクチンが完成した時にはそれを大量に製造して全米に届ける手配が整っていたというわけです。

ワクチンの治験を承認する機関も通常の審査を実施し、試験結果によっては途中で中断させたりしたこともありました。
短期間で出来たその他の理由として、ワクチンの開発では治験と呼ばれる、実際に人に対して安全性・有効性を試験するテストが行われるのですが、通常はこの治験参加者を集めるのが大きな労力で時間とお金がかかります。ただ、今回は世界中で感染が爆発的に広がっているパンデミックでワクチン自体が全世界から待ち望まれたものであるため、その開発のために多くの方がボランティアが治験に参加してくれたことで開発期間が短縮できました。

開発期間を短縮出来た最後の要因として、この開発されたワクチンがメッセンジャーRNAワクチンだったということです。今国内でも打たれているファイザー社、ドイツのバイオ企業のバイオンテック社によるものがコロナワクチン第一号で、二番目に承認されたのがモデルナ社のワクチンですが、いずれもメッセンジャーRNAワクチンといわれるタイプのものです。
ウイルスも人と同じような遺伝情報を持っており、AとTとGとCという4つの塩基の文字列で構成されています。このウイルスの遺伝情報であるRNAという物質は、ヒトに接種をすると、このRNAがヒトの体の中でコロナウイルス様の似たタンパク質を作り、それによって出来たタンパク質に対して人間の免疫応答が作動して最終的に抗体が産生されるという流れのものです。

ちなみに余談ですけが、モデルナ社は英語で「改良する・修飾する」という意味の"modify"と、RNAの合成、mod-RNAが社名の由来です。モデルナの名前の中にはRNAという言葉が入っています。

このメッセンジャーRNAワクチンは、これまでのワクチンとは異なり、開発や製造工程のスピード化が最大の特徴です。標的とする遺伝子の遺伝情報、データ、配列が分かればワクチンの設計が出来ます。実際に2020年1月に新型コロナウイルスの全遺伝情報を研究機関が調べてそれが全世界に公開されました。モデルナ社はなんとその48時間後にワクチンを設計して、実際にそれを元に工場でワクチンを製造して、およそ二ヶ月後の3月になんと臨床試験を始めています。これは驚異的なスピードです。メッセンジャーRNAワクチンだから出来たとことです。今でこそ非常に注目を集めているメッセンジャーRNAワクチンですが、この技術は長年日の目を見ない技術でした。ただその可能性を信じて研究しつづけたのが、ワクチンをファイザー社と共同開発したバイオンテック社の上級副社長であるカタリン・カリコ博士です。彼女はハンガリー出身で、大学を卒業して1980年代にアメリカに渡りメッセンジャーRNAの研究を40年ほど続けてきましたがなかなか仕事が評価されず、研究費も獲得出来なかったり、大学での職が降格になったりと、研究生活は苦難の連続でした。

彼女が長年行ってきたこのメッセンジャーRNAの研究成果が今回のワクチン開発に大きく貢献しています。モデルナ社もメッセンジャーRNAワクチンですが、カリコ博士はバイオンテック社の人間です。モデルナ社も彼女の技術を元に立ち上げられた企業ですから、二つのメッセンジャーRNAワクチンは彼女の研究成果がベースになっています。

では、今日のまとめです。
「オペレーション・ワープ・スピード」により、一年足らずで新型コロナウイルスワクチンの実用化が実現できました。実現できた要因としては、アメリカ政府がリスクを負ってワクチンの開発、製造、物流を同時並行で行ったこと、世界的なパンデミックであったために治験参加者を集めるのに苦労しなかったこと、そして長い間日の目を見なかったメッセンジャーRNAの研究を40年以上可能性を信じて研究を続けてきた一人の女性研究者の存在が挙げられます。

分野: バイオ産業 |スピーカー: 荒木啓充

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