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「ショッキングなルール」がなぜ効くのか

松永正樹 コミュニケーション学、リーダーシップ開発、アントレプレナーシップ

21/05/17

前回、多様なメンバーをまとめるための方策として、共通のアイデンティティを確立することの重要性についてお話しました。さらに、共通のアイデンティティを確立するには「他の組織では見られない様なショッキングなルールが有効である」ということもご説明したかと思います。本日は、このショッキングなルールについて、もう少し詳しく見ていこうと思います。

まず、ショッキングなルールとは何かということです。これは前回もご説明した通り、そのルールを耳にした人が俄かには受け入れ難いと感じる、どうしてそんな決まり事を設定したのか、その意図や細かいニュアンスを思わず確認したくなる様なルールのことを言います。前回例として挙げたのは、ハイチの独立革命軍を率いたトゥーサン・ルーヴェンチュールが設定した、「革命軍に所属する者は決して愛人を持ってはならない」という規律でした。

これだけだと、当時の感覚からすると誰もが「えっ」と戸惑うわけです。ハイチ革命が起こったのは西暦1790年から1800年頃ですけれども、当時軍人は故郷に妻子を残して遠征に出ると、遠征先で別の女性と性的関係を持つというのが半ば当然視されていました。しかしそれに対して、「ハイチ独立という大義のもとに行動する我が軍において、一生共に添い遂げると神の前で誓ったはずの妻を裏切って不義理を働くというのは辻褄が合わない」とルーヴェンチュールは説いたわけです。このルールによって、ハイチ独立軍の中には「我々の様に、自分を厳しく律し、正義のために身も心も捧げている者は世界中どこにもいない」という強烈な意識が芽生えます。その結果、敵軍から裏切りの誘いを掛けられても、そんなものは堕落した悪魔の誘いだということで離反する者は殆ほとんどおらず、独立軍は圧倒的な勢いでハイチを制圧して、歴史上唯一奴隷による独立革命を成功させました。

同じ様に、ショッキングなルールによって強烈なアイデンティティを維持する事例は現代の企業にも数多く見られます。例えばAmazon。創業者のジェフ・ベゾスが打ち出した事例として「会議の際にはPowerPointの使用を禁止します」というルールがあります。ベゾス氏曰く、PowerPointで綺麗なビジュアルとアニメーションを駆使してまとめられたスライドを次々めくりながら説明をされると、見た目の印象に影響を受けてしまうため、プレゼンテーションが上手くて話が上手な人の企画ばかりが通りやすくなってしまう。

しかし、Amazonではそんな見た目の派手さとか印象ではなくて、しっかりしたロジックに基づいているかを重視します。非常に論理的な思考性が強い組織であり、ベゾス氏はその権化の様な人だということで、PowerPointを禁止しているわけです。では、会議ではどうするのかというと、一つひとつの議題について、「ワンページャー」と呼ばれる、内容を全て言葉と数字で説明をした1ページのWord資料が用意されます。会議の冒頭の15分間、出席者は皆黙ってそれに目を通し、疑問点などがあれば質問をメモして、15分経ったら「では質問はありますか」と、そこから議論が始まる。なんなら会議に出ていない人もその資料さえ見れば、主旨が良く分かるようにしなさいというわけです。

もう一つ、ルールではないですけれど、同じくショッキングなメッセージによって自社のアイデンティティを強く打ち出した事例として、アウトドア用品大手のPatagoniaが2011年に打ち出したキャンペーンがあります。Black Fridayという、アメリカでは年間最大のセール期間があります。ここで自社の売れ筋商品であるジャケットの写真を使って、「これを買わないでください」という広告を大々的に展開しました。このキャンペーンには、「Patagoniaは環境をこの上なく重視しており、自分達がビジネスを展開するのは利益を上げるためではなく、むしろビジネスを手段として環境問題の解決を推し進めるためである」というメッセージが込められていました。「ワンシーズンで使い捨てにして、毎年新しいものに買い替えるような製品は、Patagoniaでは作っていない。出来る限り長持ちするように品質にこだわっているし、修理やリサイクルはいつでも受け付けている。だから、既にPatagoniaのジャケットをお持ちの方は、今回のセールではこのジャケットを買わないでください」という、Patagoniaからのメッセージを込めた広告だったのです。

こうしたショッキングなルールが、組織におけるアイデンティティを確立するためになぜ効果的なのか。そうしたルールやメッセージは、ショッキングであるが故に、それに触れた人が思わず「なんでそんな事を?」と尋ねます。そうすると、そこで組織の価値観が伝えられるわけですね。よりによって年間最大の書き入れ時に「売れ筋商品を買わないでください」というキャンペーンを自社が打ち出したということを知れば、Patagoniaの社員は自分達の会社が環境問題に対して本気なんだと痛感します。そこで直面した価値観に共感を覚えた人は強いアイデンティティが芽生えるでしょうし、逆にそれを受け入れられないと感じた人は遅かれ早かれ組織から離れていく。結果として、組織の中には強烈な価値観に基づくアイデンティティを持つ人だけが残ることになります。

通りの良い常識的なルールやビジョンを掲げても、こうした効果はなかなか得られません。たとえば、「品質に妥協せず高い技術にこだわり抜く」とか「お客さまのために全力を尽くす」といったメッセージは――大変素晴らしいことですけれども、それ故に――誰も疑問に思わないし、自分達の組織ならではの特徴にもなりません。言い換えると、極を取る、やる事と同時にやらない事をはっきり明確に打ち出せるかどうかが、自組織において共通のアイデンティティを産み出せるかどうか、ひいては多様性を活かせる組織作りが出来るかどうかの分かれ目になる、ということです。「多様性を活かすためには、極を取って明確な価値観を打ち出すことが効果的」。そこだけを聞くと何か矛盾している様に捉えられるかもしれません。実際、これは微妙でかつ重要なポイントとなりますので、次回また改めてお話しできればと思います。

今日のまとめです。多様性を活かすには共通の基盤となるアイデンティティを確立することが重要であり、共通のアイデンティティを確立するためには、明確な価値観に紐付けられた「ショッキングなルール」を定めることが効果的です。たとえば、ロジックを重んじるのであれば、ロジカルでなければそもそも会議が出来ないようにする。環境を重視するのであれば、目の前の売上すらも自ら放棄するようなショッキングなルールを定めることで成功を収めた事例は多々存在します。そうすることでルールの裏にある価値観に関するコミュニケーションが社内で自然と行われるようになり、そこに共感を覚えたメンバーの存在感が高まっていきます。

分野: リーダーシップ 対人・異文化コミュニケーション論 組織行動 |スピーカー: 松永正樹

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