三上聡美 産業組織心理学、社会心理学
20/10/06
今日は「自己中心性バイアス」についてお話します。
まずは例題からお話をします。
夏休みにハイキングをしていた3人組がいました。ハイキングの途中で激しい雨が降ってきたので、3人はたくさん木が生えている森林地帯まで移動して雨風が過ぎていくのを待ちました。雨が止んで天気が回復してハイキングの続きをしようとしたのですが、元の道が分からなくなり道に迷ってしまいました。だんだんと日も暮れてきて、持っていった食べ物と水も無くなってしまいました。
ここでみなさんに一つ質問です。深く考えなくていいので直感で思った答えを教えてください。
質問1:ハイキングをしていた3人にとって「喉の渇き」と「空腹感」はどちらがつらいと思いますか。
質問2:「喉の渇き」と「空腹」について、今のみなさんにとって辛く感じているのはどちらですか。
実はこの質問1と質問2は、同じ答えになる人が多いと言われています。例えば、質問1の回答が「喉の渇き」であった場合、質問2では自分にとって辛く感じているのは「喉の渇き」と答える人が多いそうです。反対に、質問1を「空腹」が辛いと答えた場合、自分が辛いと感じているのも「空腹」と答える人が多いです。
なぜそうなるのかと言うと、私達は誰かの気持ちを考える時に、自分の今の気持ちを参考にする傾向があるからだそうです。例えば、自分が「今辛いな」と思っていると、一緒にいる相手も同じように「辛い」と感じているだろうなと考えてしまう傾向があります。相手の気持ちを考える時に、自分の気持ちを基にしたり参考にしたりして考えることを「自己中心性バイアス」と呼んでいます。
「なぜ自分の気持ちを分かってくれないのか」「自分勝手に考えないで」といった様なもやもやした感情を相手に抱くことがみなさん少なからずあると思いますが、それは「自己中心性バイアス」が働いていて、一緒に作業しているのだから相手も自分と同じことを思っているはずだと考えてしまっているためです。私はよく心理学の話をする時に、自分が実際に見たり聞いたりしていることを100%そのまま自分の中で認識しているわけではなく、見たり聞いたりしたものを自分の過去の経験を基に自分の都合良く解釈しているという話をしますが、それは他の人も同じです。そのため、一緒に作業していてもその時に考えている事や思っている事は違って当然です。しかし、無意識のうちに「自己中心性バイアス」が働いて自分と相手を同じに解釈してしまうわけです。ある実験では、夫婦に家事の割合を100%で割り振ってもらった時に、殆どの夫婦が二人合わせて100%を超えていたという実験結果があります。
例えば、奥さん側は80%くらい家事をやっていて旦那さんは20%くらいだと奥さんは思っている。一方で旦那さんは家事の分担は奥さんと50%・50%だと思っている、という様な実験結果になったということです。数字は今適当に当てはめたものですが、この様に奥さんは80%家事をやっていると思っていたとしても、旦那さんは50%家事をやっていると思っていれば、80と50足せば100を超えます。本来だったらどちらかがおかしな話ですが、それぞれ自分の都合で認識しているということです。
こうした結果から、この実験では自分の視点で物事を判断していることが分かるのではないでしょうか。この「自己中心性バイアス」ですが、自己中心という言葉とバイアスという言葉であまり良くないことのように感じる方もいるかもしれませんが、実はいい部分もあります。
例えば、「自己中心性バイアス」がないと、相手の状態をすごく探ってしまうかもしれません。「あの人なんだか辛そうな顔をしている気がするけれども大丈夫かな」、「周りの人が楽しそうにしているから大丈夫だとは思うけれども本当に大丈夫かな」という様なことを相手に対して考えてしまいます。たまに考えるなら相手のことを思いやる優しい人ですが、誰かに会う度に相手の状態を「大丈夫かなぁ、元気かなぁ」と吟味していたら、自分がへとへとになってしまいます。しかし、「自己中心性バイアス」が働いて、自分の辛さはそこまでじゃないから相手もきっと大丈夫だと思うと、相手のことをあまり吟味していないため、相手のことを雑に考えやすくなってしまいます。しかし、その分吟味する手間が省け、自分はへとへとにならずに済むわけです。
このように、私達は生活をしている中で様々な情報を受けながら様々な判断を行っています。本当は入ってくる情報をきちんと吟味して整理していく必要がありますが、それを一つ一つやっているととても大変なため、無意識のうちに自分に都合良く判断していってしまいます。その都合良く判断していることがバイアスに繋がっていっているわけですが、バイアスは時には自分を守るための必要な手段であるかもしれません。
では、今日のまとめです。
相手の気持ちを考える時に自分の気持ちを基に考えることを「自己中心性バイアス」と言います。バイアスはどちらかというとマイナスなイメージを持つかもしれませんが、「自己中心性バイアス」があることで人間関係を良好に維持することができることもあります。ただ、バイアスが存在しているということを理解することが大切です。
分野: 社会心理学・組織心理学 |スピーカー: 三上聡美