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ブックレビュー(17)司馬光『資治通鑑』(田中謙二編訳)ちくま学芸文庫

永田晃也 技術経営、科学技術政策

20/08/03

 今日は『資治通鑑』という中国の歴史書をご紹介します。資料の資、政治の治、通すに鑑賞の鑑と書きます。この鑑(かねへんに監督の監)という字は、「かがみ」という訓を持ち、ありのままを写すことから歴史書という意味があります。このタイトルは政治に資する通史を意味している訳です。

 編纂したのは、北宋の時代、1019年に生まれた司馬光という儒学者であり歴史家であった人です。『資治通鑑』は戦国期から北宋建国前年までの1362年間に亘る歴史を書いた294巻にも上る膨大な文献です。私はこの大著を通読した訳ではなく、ごく一部を訳出したちくま学芸文庫版で触れた程度ですから、無論、専門家としての立場で内容の全体像を解説しようとするのではありません。

 では、どういう観点に立って本書を紹介するのかと言うと、洋の東西を問わず古来、リーダーたる者は歴史から学ぶべきだと言われてきた、―その方法について、本書を素材に考えてみたいのです。『資治通鑑』という本は、そのタイトルが示すように、政治に資する、政治をたすけるという明白な意図を持って編纂された歴史書ですから、この点を考える上で好個の素材になるでしょう。実際、麻生川静男さんという方が『資治通鑑に学ぶリーダー論』(河出書房新社)という本を書かれているのですが、この著者によると『資治通鑑』は中国の為政者のみならず日本のリーダー達にも広く読まれ、例えば幕末には岩崎弥太郎、西郷隆盛、坂本龍馬、徳川慶喜などによって愛読されたそうです。

 ここでは、『資治通鑑』からリーダーがどのような教訓を具体的に学べるかではなく、歴史からの学び方に焦点を当ててみたいと思います。その手掛かりに、ちくま学芸文庫版の劈頭に訳出されたエピソードを振り返ってみます。

 それは「巻1 周紀」に記録された東周の時代に起こった事件です。周王朝治下の晋という王国の実権は、6人の大臣に握られていましたが、その家のひとつ智氏の長・智宣子が息子の智瑤を後継ぎにしようとしたとき、一族の智果という人物が異をとなえます。すなわち、瑤どのは人よりも外見が立派で、文・武の才や技芸に優れ、弁舌が巧みで剛毅であると5つも優れた点をお持ちだが、甚だ不仁、つまり人間愛に欠けたお方ですと。5つもの才を持ちながら、それを思いやりのない心で行使する方が後継ぎになれば、智氏一族は必ず滅亡しますと言う訳です。しかし、この勧告が受け入れられなかったため、智果は後の災いを恐れてか、自分の家系を智氏の籍から切り離す手続きをとります。

 さて、智宣子の没後、智瑤はその跡目を相続しますが、たちまち問題行動を起こすようになります。智瑤は6人の大臣のひとり韓康子に土地をよこせと要求します。このとき韓康子の家老・段規が敢えて土地を与えることを進言します。おそらく土地を奪うことに味をしめた智瑤は、他の者にも土地を要求し、従わなければ武力で攻撃するだろう。そのとき、自分たちの国は難を逃れて機を窺うことができるという訳です。その後、果たして智瑤は他の大臣、魏桓子にも同様の要求をしますが、このときは魏の家老が同様の進言をして土地が与えられます。しかし、次に趙襄子に土地を要求したとき、趙氏がこれを与えなかったため、怒った智瑤は韓、魏二氏の部隊を従えて趙氏を攻撃しました。

 趙氏は水攻めに合い、将に亡ぼされようとしますが、このとき趙襄子の使命を帯びた張孟談が密かに韓、魏二氏と会見し、我が国が亡ぼされた後はあなた方の番ですよと警告します。腹の中でそうなることが分かっていた二氏は、張孟談と密約を交わして送り返します。やがて、趙氏の使いが夜陰に乗じて堤防を切り、智氏を逆に水攻めにして正面攻撃を仕掛けたとき、韓、魏の軍は側面から攻撃し、智氏の軍勢をさんざんに打ち破って智氏一族を全滅させたということです。かつて智果を名乗った人物の家系のみ生き残ったと語られています。

 こう語り終えた後で、この史実について司馬光は、論評を加えています。智瑤が亡びたのは、「才、徳に勝ればなり」というのですが、編訳者は、才を才智、才能、徳を人格と言い換えています。司馬光は、これらは異なるものなのに、世間は区別せず、それが人を見損なう原因だと論じています。その上で「才なる者は徳の資(素材)なり。徳なる者は才の師(統制する者)なり」と言います。さらに、才と徳を兼ね備えた人を聖人、両方を欠く者を愚人、徳が才に勝る者を君子、才が徳に勝る者を小人と呼び、人を採用するときに、聖人や君子を得ることができなければ、小人を得るより愚人を得るに若かずと述べています。才を以て悪をなす小人は、その悪行が徹底するけれども、愚人は不善をなそうとしても知恵が回らないし能力もないから、簡単に抑えることができるという訳です。こうして司馬光は、国をおさめ家をおさめる者、すなわちリーダーは、才と徳を区別し、徳を優先すべきことを心得ておけば、人を見損なう心配はないと論じています。

 この論評にリアリティが感じられるのは、人を採用する側の資質を敢えて問題にしていないからではないかと私は思います。採用する側が聖人や君子であれば、小人の才を善行に生かすこともできるでしょう。才にも徳にも恵まれていない愚人が小人を採用すると、最悪の事態を招きます。司馬光の論評は、いかなる場合でも最悪の事態だけは避けるための示唆を含んでいるようです。それは歴史から何かを学ぼうとする際には、学ぶ側の資質が常に問われるという示唆も暗黙に含んでいると言えそうです。

今回のまとめ:『資治通鑑』は、リーダーが歴史から学ぶための学び方について考えさせられる歴史書です。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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