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評価における公正感④公正世界仮説

松永正樹 コミュニケーション学、リーダーシップ開発、アントレプレナーシップ

20/05/05

前回、ある金額を2人で分け合う最後通牒ゲームにおいて、人は自分の分け前が少なくなる提案を相手からされると、本来ならいくらかでもお金を貰えるだけで儲けものであるはずなのに、あえてそれを投げ打って自分も相手も報酬がゼロになる選択をするというお話をしました。本日は、まずこの興味深いパターンがなぜ発生するのかについてご説明した上で、それが組織における評価とどう関連するのかを考えていきましょう。

元手ゼロで得られるはずの報酬をあえて捨ててまで気にくわない提案を拒否するのは、どうしてなのでしょうか? まず考えられるのは、結果に関する公正についてお話した際にも触れた社会比較の影響です。ヒトは社会的動物であり、自分と似た他人を基準にして様々な情報処理を行います。自分と大差ないはずの誰かが明らかに自分よりも高い報酬を得ていると激しい不公平感を覚え、それに反発をすることが社会心理学の研究で明らかになっています。この観点から組織における評価は、単にあるメンバーの仕事ぶりとそれに対してなされる評価の内容だけではすまないという洞察が得られます。何故なら、評価を受けたメンバーは自分と同じように仕事をした同僚がどの程度の評価を受けたかも勘案した上で公正である、あるいは不公正であると感じるからです。

しかし、これだけでは何故あえて自分の評価をゼロにしてまで気にくわない提案を拒否するのかを説明しきることは出来ません。そこで、現在主流の経営学や心理学で注目されている、「公正世界仮説」という考え方をご説明します。人は基本的にこの世界は予測と理解が可能な、秩序に則った安定した場所であって欲しいという願望を抱いている、というのが公正世界仮説のテーマとなります。誰だって理由なく傷つけられたり、理不尽に所有物や権利を奪われたりといったことは嫌ですよね。もちろん、実際には悲しいかな、時として理不尽な出来事が起こってしまうのが現実ではあるものの、だからこそそんなことが起こらない公正な世界であって欲しいと願うのがごく自然な感情であると言えます。良い人には良いことが、悪い人には悪い事が起こるという仮説を無意識に受け入れることで、人は未来を信じ、今は辛くても将来必ず報われるはずだという信念を維持して努力をし続けることが出来ます。実際に、研究でも公正世界仮説に関する信念が弱い人というのは、刹那的で享楽主義的な傾向が強い。どうせ世界は理不尽なことで溢れているのだから、今さえ良ければそれで良いと考えてしまって、精神衛生上のリスクが高まるという事も分かっています。

一方で、理不尽なことはあって欲しくないという願いには重大な副作用もあります。それは、実際に理不尽な目に遭った人に対して、そんな"報い"を受けたからには、きっとその人自身にも何かそれなりの落ち度があったに違いないと被害者を責める心理が生じがちなことです。例えば、痴漢やハラスメント、いじめ等の被害者に対して100%の加害者も100%の被害者もいないとか、被害に遭った側にもきっと何かしらの原因があったのだろうと思い込みがちなのは、この副作用の影響が大きいと思われます。

また、公正世界仮説への信念は、理不尽な不幸と同じくらい不当な利益に対しても激しい心理的な反発をもたらします。最後通牒ゲームで、自ら損をしてでも拒否権を発動するのはこのためだと考えられています。ちょっと誇張してイメージをお伝えしますと、私の信じたい公正なる世界を維持する為には、不当に利益を独り占めする人をのさばらせてはいけない、その為には例え自分の利益を投げ打つ事になったとしても、不正を防がなければならないという意識が働くのです。せっかく何もしなくてもお金が貰えるチャンスであっても、それを放棄してもう一方のプレイヤーが9千円を取っていくのを防ぐのです。

公正世界仮説を前提にすると、組織における評価に関してはどんな洞察が得られるでしょうか? 評価への納得感を高めるという意味ではまずなにより、あまりに理不尽だと感じられるような評価や、報酬体系になっていないかをチェックすることが大事になります。前々回、手続き的公正についてお話をした時に5つのファクターをあげましたけれども、これをチェックリストのように使って頂いて、果たしてこれはちゃんとクリア出来ているだろうかといった所を見ると、もし何か引っかかればその時点でこれは公正ではない。こんな世界は受け入れたくないということで、本人にもなぜそれが嫌か分からないというレベルで不満が生じることがあります。

その上で、個人的にはもう1つ、組織が掲げる大義というのも非常に大事と考えています。これまで何度もお話してきたとおり、人には認知バイアスがあり、どんな評価や報酬を設定したとしても、それを受ける側には必ず何かしらの不満が残ることが想定されます。今お話したようにファクターを使ってチェックリストを確認して、全部クリアしているとします。では、それで不満がゼロになるかというと、多分そうではないわけですね。やはり、何かしら不満は残ります。ただし、ヒトには、もう一方で小義を捨てて大義を見るというか、大きな理想に目線を合わせていると細かい理屈抜きにして頑張れるという側面もあります。従って、共感することが出来るような理想・ビジョンをちゃんと伝えることが出来ていれば、細かい点で言いたいことは色々あるのだけれど、それを超えた理想を皆で追求している、だから頑張ろうという風に感じられる。このような状態であれば、評価について大きな不満は出にくいものです。その意味で組織のリーダーには、メンバーが深く共感出来る大義名分を掲げて、それを発信していくことが求められるのではないでしょうか。

今日のまとめです。人にはこの世界は予測と理解が可能な、秩序に則った公正な場所であって欲しいと願う性質があります。これは、健全な精神衛生を保つ上で重要な信念である一方、不当な結果を激しく拒否する自己破壊的な行動に繫がると言う副作用も含んでいます。評価に関する公正感を高めるには理不尽に思われる評価や報酬制度を改めた上で、細かい不満を超えて組織のメンバーが共感出来る大義を掲げることが効果的だと思われます。

分野: リーダーシップ 対人・異文化コミュニケーション論 組織行動 |スピーカー: 松永正樹

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