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キーワードで理解するイノベーション・マネジメント(59) 暗黙知

永田晃也 技術経営、科学技術政策

20/02/10

 今回は「暗黙知」という語を取り上げます。以前、これは知識マネジメントに関する一連のトピックをこの番組で解説した際にも解説したことがありますが、イノベーション・マネジメントを理解するためのキーワードとして再検討してみようという訳です。

 この語は、もともとハンガリー出身の化学者であり、科学哲学の分野でも重要な業績を残したマイケル・ポランニーによって提唱されたものです。ポランニーは科学者でしたから、科学的な発明・発見が成し遂げられる認知的なプロセスに強い関心を持っていました。そして、新しい科学的な知識が獲得されるプロセスには、仮説を立て、データを使って検証するという実証的なプロセスばかりでなく、科学者自身にも説明のつかないやり方ながら適切に問題を設定し、それを追求することによって発明・発見に至るプロセスがあるのだということを重視しました。このプロセスをポランニーは、「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」と表現し、暗黙のうちに知ること―Tacit Knowingと呼んだのでした。

 一橋大学名誉教授である野中郁次郎先生が提唱した「組織的知識創造の理論」では、この暗黙知を、スキル、ノウハウ、メンタル・モデルのような言語化することが困難な知識―Tacit Knowledgeと読み替え、これと科学の公式、特許明細、マニュアルのような言語化された形式知との間で相互循環作用が起こることによって新たな知識が創造されるプロセスをモデル化しています。

 野中理論をこのように要約すると、認知のプロセスとして暗黙知を捉えたポランニーとは異なり、実体を持つものとして暗黙知を定義しているよう見えるかも知れません。実際、この概念的な差異を指摘して野中理論を批判する論者もいるのですが、ただポランニーと異なるというだけでは何の批判にもなりません。差異があるというなら、野中理論でポランニーとは異なる視点で暗黙知が再定義されたというだけのことです。実は、野中理論では暗黙知や形式知の概念を実体的に定義している訳ではないのですが、ここでは、この論点にこれ以上踏み込まず、ポランニー自身の言説に戻ることにしたいと思います。

 ポランニーは、暗黙知の意味を説明する際に、人の顔に対する認識を例に挙げています。私たちは、誰それの顔を知っていると言うことができますし、実際にその人の顔を別人と明確に区別することができます。しかし、その人の顔をどのように認知しているのかを、私たちは語ることができません。ただ、その特徴をうまく言い現わすことができなくとも、目、鼻、口などの部分に対する認知を手掛かりにして、それらを統合した顔全体に対する認知を獲得していることは確からしく思われます。ここでポランニーは、部分を近接項、全体を遠隔項と呼び、通常、私たちは近接項を手掛かりにして遠隔項に注目することによって全体を認識しており、部分の細目自体には注目していないために、認知のプロセスが暗黙化する、つまり語ることができないのだと説明しています。

 さらにポランニーは、この統合という認知機能がどのように成立するのかを説明するために、対象に対する「潜入」(Indwelling)という概念を導入しています。これは「感情移入」とも言い換えられているので、対象を内在的に理解することだと理解して良いでしょう。この内在的に理解するということは、対象を外側から観察し、分析的に理解するのではなく、対象の内部に棲み込み、共感的に理解するということを意味しており、そのプロセス自体が暗黙に知るということに他ならない訳です。

 さて、暗黙知のプロセスをこのように理解すると、それはマネジメントに対しても様々な含意を持っていることが分かります。企業は、しばしば顧客ニーズを把握するために、商品の購買データや、顧客満足度に関する調査データを用いた分析を行います。これと異なるもう1つのアプローチは、顧客ニーズを内在的に把握するために、その購買行動を追体験することなどを通じて共感的に理解することです。そのようにして暗黙のうちに獲得された知識は、その獲得のプロセスをうまく説明できない代わりに、容易に他社には模倣できない経営資源になるでしょう。

 なお、今日お話ししたポランニーによる暗黙知の概念を踏まえて独自の経営理論を展開した文献として、石井淳蔵先生の「ビジネス・インサイト」(岩波新書)を参照されることをお勧めしておきます。

今回のまとめ: ポランニーの言う暗黙知-暗黙に知識を獲得するプロセスは、認識の対象を内在的に理解することによって成立します。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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