平松拓 企業財務管理、国際金融
19/10/22
先日、法人企業統計の2018年度係数が発表となりました。これまで企業の業績は好調が続いてきましたが、お隣り中国の経済のスローダウン、さらには米中間の貿易に関わる摩擦の深刻化といった変化が生じた時期でもあるので、同調査を用いて一部推論も交えながら日本企業のパフォーマンスを読み解いてみたいと思います。
法人企業統計とは営利法人(企業)の財務係数を集計したもので、資本金5億円以上の企業については全数調査、5億円未満の企業についてはサンプル調査するもので、取りまとめを財務省が行っています。企業の単体ベースの数字で、飽くまで報告ベースに基づいた数字ですが、財務係数を直接的、包括的に収集しているので、企業の活動状況の多くのことが見える統計です。ここでは、金融機関を除く一般企業の数字を見ていきます。
まず、売上高の対前年比は0.6%の減少となり、前年の6.1%の増加から大きく後退しました。内訳を見ると、製造業では2.0%(前年は2.7%)と増加を維持したのに対して、非製造業では前年の7.3%の増加から1.5%の減少に転じ、全体の減少の原因となりました。民間消費が全体に伸び悩む中で、ウェイトの大きい流通業での販売不振が大きく影響しました。
一方、営業利益は、全体では前年比0.4%と僅かに増えました。しかし、製造業については過去最高益を記録した前年から6.7%の減少となり、海外経済の暗転の中で、採算性を犠牲にしつつ売り上げの維持を図ったことが伺われます。一方、非製造業では前年の13.0%増から勢いは鈍ったものの前年比で3.6%増加して最高益を記録しました。これまで好調であった卸売・小売や不動産がマイナスに転じたものの、建設業や、サービス業の好調が支えました。
設備投資については前年比で8.1%増と伸びが加速(前年は5.8%)しました。内訳を見ても、製造業、非製造業共に加速(それぞれ4.4%増から6.5%増、6.6%増から8.9%増)しています。世界経済のスローダウンの中にあって、一つには人手不足に対して機械化による合理化で対処しようという姿、さらには急速に進展する技術革新の中で取り残されないため、積極的に設備投資を進める姿が見て取れます。
コーポレート・ガナンスの観点から配当性向(当期純利益に対する配当金の割合)に注目すると、前年の37.9%から42.2%へと上昇しました。これは、アベノミクスのコーポレートガバナンス改革に反応して企業が一時的に株主還元を急増させた2015年の53.1%以来の高さで、利益が微増にとどまる中での配当性向の上昇は、改革の効果が持続しているという見方もできます。
それでも、企業が利益の半分近くを社内に留保する動きには著変見られず、内部留保はさらに38兆円増加して、利益剰余金は463兆円となりました。その結果として、企業の自己資本比率も前年の41.7%から42.0%へと上昇しました。資本金別に見ると、1,000万円未満の小企業を除くすべての階層で上昇し、40%台前半へと集中しつつあります。既に、自己資本比率では欧米の企業と遜色ない水準まで高まっており、今後は資本コストをより強く意識した資金調達、資本政策が課題となってくると考えられます。
資金調達面では、低金利下で積極的な長期資金の調達が行われ、金融機関からの長期借入や社債発行残高は合計で10兆円余り増加しました。内部留保の増加に加え、旺盛な長期資金調達の結果、企業の資金ポジションは相当に潤沢であったと見られ、総資産も40兆円増加しました。その内訳としては、先ず「その他投資」が15兆円増加しており、主に海外子会社への投資に利用されたと考えられ、さらに、当座の不要資金が現金・預金として積み上がって223兆円と過去最高の残高を記録しました。
最後に、これ等一般企業が生み出す付加価値は、前年から2兆円増加して314兆円となりましたが、この内、人件費の占める比率である労働分配率は、前年の66.2%からかろうじて上昇して66.3%となりました。長期にわたり低下傾向にある我が国の労働分配率ですが、深刻な人手不足の中で少なくとも短期的には踏みとどまった形です。しかしながら、わが国経済を再び成長軌道に戻すために、過去数年に亘り政府が企業に対して積極的に働きかけてきた「賃上げ」の効果が出ている、とまでは言い切れない水準にとどまりました。
分野: ファイナンシャルマネジメント |スピーカー: 平松拓