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ブックレビュー(8) ジェイン・ジェイコブズ(中村達也訳)『発展する地域 衰退する地域―地域が自立するための経済学』ちくま学芸文庫

永田晃也 技術経営、科学技術政策

19/05/02

今回のまとめ: 本書は輸入置換を可能にする都市の存在が、地域経済の発展にとって決定的に重要であることを説いています。


 今回は『発展する地域 衰退する地域―地域が自立するための経済学』という本をご紹介します。著者のジェイン・ジェイコブズは、1916年に米国ペンシルベニア州に生まれ、ジャーナリストとしての仕事の傍ら、都市計画に対する反対運動や都市問題に関する研究に携わり、2006年に亡くなっています。この間、彼女が発表した地域開発や都市問題に関する多くの文献は、在野の研究者の手によるものでありながら、アカデミックな地域経済研究や都市論にも大きな影響を与えてきました。今回取り上げる本の原著は、1984年に刊行されています。
 まず、この本の第1章では「愚者の楽園」という刺激的なタイトルの下で、伝統的な経済学に対する批判が行われています。一国経済全体の集計量を分析単位とするマクロ経済学では、失業率の上昇と物価の上昇はトレードオフの関係にあるものと捉えられてきました。実際、インフレーションつまり物価が上昇する局面は好況期であるため失業は増大しないけれども、スタグネーションと呼ばれる経済停滞の局面では物価水準が抑制される代わりに失業率が上昇するというシーソー・ゲームのような関係が、フィリップス曲線として知られる統計分析の結果の中に見出されてきました。ところが、1960年代の後半以降、多くの先進国で物価上昇と失業率上昇が同時進行する状況が観測されるようになりました。このスタグフレーションと呼ばれることになった現象を、伝統的な経済学は整合的に説明できなかったのです。
ジェイコブズは、このような議論の枠組み自体を批判し、そもそも世界の貧しい後進地域では物価が高く仕事がない状態はごく普通のありふれた現象であり、その現象が異常に見えるのは、発展・拡大を遂げている経済においてのみであることに注意を促しています。そして、そのような現実を捉えるために、国民経済全体ではなく、都市を経済分析の単位とすることを提起しました。都市の経済は、後述するように地域の発展を左右するものとして捉えられています。つまりジェイコブズは地域経済の分析を議論の中心に据え、その上で発展する地域と衰退する経済が存在するのは何故なのか、それらの地域は何が異なっているのかという問題の解明に向かった訳です。
発展する地域経済の要因に関するジェイコブズの見方は簡明で、それは地域外からの輸入品にいつまでも依存せず、輸入品に代替する財やサービスを地域内で生産できるようになること、つまり輸入置換だと言っています。そして、輸入置換がうまくいくためには、取り分けイノベーションとインプロビゼーションが必要だと指摘しています。この「インプロビゼーション」という言葉は、一般的には「即興」と訳されていますが、ここでは「臨機応変の改良」を意味する言葉として使われています。
では、どうすれば輸入置換を進めることができるのかが次に問われるわけですが、ジェイコブズは特に効果のない方策について具体的な事例を踏まえた指摘を行っています。例えば、しばしば採られる方法は地域外からの工場の誘致ですが、そうした移植工場は特定の地域から離れられないものではないため、その工場が企業によって閉鎖されれば後には何も残らなくなると指摘しています。また、その地域に活気ある都市がない場合、そこに交付金や補助金がつぎ込まれても依存的な地域が形成されるだけに終わり、輸入置換には役に立たないと述べています。結局、この点に関するジェイコブズの主張は、「発展とは自前でやる過程」であり、「いかなる経済も、自前でやるか、さもなければ発展しないかのどちらかである」というメッセージに要約されます。
この「自前でやる」ことを可能にする存在が、輸入置換都市であるということになる訳ですが、そのような都市の構造についてもジェイコブズは興味深い指摘を行っています。都市製品の国際貿易を大々的に行っている国というものは、多くの都市地域を持った国ではなく、むしろ1つの圧倒的に大きな都市と付随的な諸都市を持った国だというのです。こうした都市構造を持つ国の1つとしてジェイコブズの念頭には日本があったようです。この本が刊行された当時の状況を鑑みると、その見方は理解できるものです。ただ一方でジェイコブズは、日本も地域間の不平等という問題を抱えていると指摘しています。
 私は、地域経済は自前で発展させるほかないというジェイコブズの指摘は今日なお通用するものだと思いますが、1つの巨大都市を中心とする都市間交易のネットワークというモデルは、むしろ地域間の不平等を拡大させる要因になりかねないと考えます。この点については更に検討が必要となるでしょう。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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