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ブックレビュー(4) 『孫子』(金谷治訳注)岩波文庫

永田晃也 技術経営、科学技術政策

18/05/23

 今日は、中国最古の兵法書と言われる『孫子』という書物を紹介したいと思います。いくつかの訳注本が出版されていますが、ここで使用する本は岩波文庫版です。この書物の作者については、春秋時代、紀元前500年頃に呉の国に仕えた孫武であるとされてきました。この見解は今日、学問的には否定されているようですが、いま作者が誰かについては問わないことにします。
 春秋時代と言えば、これに続く戦国時代を経て秦によって中国が統一される前の時代であり、多くの国が大陸で互いに争っていた時代です。そういう古い時代に書かれた兵法書を何故取り上げるのかと言うと、この書物が時代を超えて今日に至るまで、軍事戦略に関するテキストとしての価値を持ち続けてきたばかりか、企業の経営戦略に対しても多くの示唆を与えてきたからです。
 実際、大型書店に行って経営書の棚の前に立つと、この書物に関する解説書が少なからず出版されていることに気付かれるでしょう。中には子供向けの処世術を解くために書かれた解説書もあるようですが、経営戦略の文脈に読み替えた解説書は、日本だけでなく米国でも数多く出版されています。
 そうした解説書は、些か取っ付き難い古典に近づく上で役立つかも知れませんが、やはり古典の価値というものは、直接原典に当たることによって読み手がそれぞれ再発見するものの見方、考え方にある筈です。ですから、私の話はこの書物の解説ではなく、皆さんに直接『孫子』を手に取ってもらうためのきっかけを作ることを目的にしてみたいと思います。

 さて、読み始めてみると、この書物が兵法書と呼ばれていても、単に戦争の個別の局面において勝利を収めるための戦術を指南しているのではなく、国が過酷な対外関係の中で生存し続けるための戦略的な政治思想を解いていることに気付くと思います。『孫子』は13篇からなる書物ですが、その巻頭には「計篇」、つまり開戦前のはかりごとを説いた章が置かれています。この章は、「兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」という一節で始まっています。戦争とは国家の大事であり、国民の死活が決まり、国家存亡の分かれ道であるから、よくよく熟慮しなければならない、と言うのです。その上で、この熟慮とは敵方と見方とを比較し、どちらの君主の方が人々の心を捉えているか、どちらの将軍の方が有能であるか、どちらの方が地の利を得ているか、どちらの方がより法令を厳守し、賞罰を公明に行っているかと言った事柄について実情を明らかにすることであり、それによって戦う前から勝負を知ることができると述べています。
 この一節は、少なくとも2つの点で重要な今日的意義を持っています。一つは、戦争という手段の選択を、あくまでも国家の存続を目的とした政治的判断の下で行われるべきものと位置づけている点です。この点は、いわゆる「シビリアン・コントロール」-「文民統制」などと訳されていますが、要するに政治が軍事を統制するという民主政治の基本方針に先駆けた思想を語っています。
 実際に戦争を起こして勝つという軍事上の目的は、政治に優先しません。この思想は、第三篇の「謀攻篇」にある「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」という一節に明確に述べられています。百戦百勝ではなく、戦わずして勝つことが、最高に優れたことだと言うのです。これと類似の考え方は、今日の競争戦略論の中でも論じられています。例えば、同質的な製品・サービスの市場で価格競争に打って出るのではなく自社の製品・サービスの機能的価値を差別化する戦略、自社が拓いた市場への競合の参入を防ぐために何らかの障壁を築く戦略は、いずれも戦わずして勝つための戦略です。
 「計篇」冒頭の一節が示唆するもう一つの重要なポイントは、戦略の計画段階での情報の重要性です。敵方と見方の実情を比較するためには、各々に関する十分な情報を得る必要があります。この考え方は、「謀攻篇」にある「彼を知りて己れを知れば、百戦して殆うからず」という有名な一節にも明確に示されています。敵情を知り、見方の事情も知っておれば、百たび戦っても危なくないというのです。この考え方は、戦略的な意思決定を行うために、外部環境と内部環境の要因を強み、弱み、機会、脅威という4つのカテゴリーに分けて分析するSWOT分析のフレームワークを想起させます。この他にも、『孫子』の中には今日の経営戦略論につながる多くの考え方が記されています。

今回のまとめ: 中国最古の兵法書である『孫子』の思想は、現代の経営戦略にも多くの示唆を与えている古典です。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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