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イノベーションをめぐる国の競争優位

永田晃也 技術経営、科学技術政策

14/11/21

今回のまとめ:国際競争力に関する議論は、産業分野ごとに行わなければ意味を持ちません。

これまでイノベーション・システムの特徴を、日本や米国といった国、あるいは欧州、東アジアといった地域を単位としてみてきました。ところで、こうした国際比較の文脈では、しばしばイノベーションをめぐる国レベルでの競争力なり競争優位が論点とされることがあります。今回は、イノベーションをめぐる国際競争力と、その捉え方について論じてみたいと思います。

 しかし、考えてみると、国レベルの競争というのは、不可解な言葉です。
 企業であれば、それぞれの事業目的を追求するとしても、同一の市場で事業を展開している複数の企業が存在する限り、そこに競合関係が発生することは避けられません。その事業目的が本来、顧客価値を創造することに向けられており、他社に打ち勝つこと自体にあるのではないとしても、企業間の競争は結果的に顧客にとって望ましい成果をもたらすものと期待されており、それ故にカルテルのような競争制限的な行為は、競争政策による規制の対象とされているわけです。また、このような見方から一般的に企業間競争はイノベーションを刺激するものと考えられてきました。
 ところが、これを国レベルに置き換えてみると、その競合関係とは一体何を目的に、どこで行われることになるのかが、甚だ漠然としてきます。また、競争関係の優劣なり競争力は、何を基準に評価すべきなのかも、直ちに分かりません。例えば、競争の目的は何かという問に対して、「自国民の経済的利益の確保」という答えが与えられたとしても、この答えでは、そもそも何故、国同士が競合関係に立たなければならないのかという、より前提的な問いを新たに呼び起こすことになります。それは、企業間の競争は、基本的に同一の顧客層に対する価値の提供をめぐって行われるのですが、国が経済的利益を提供すべき「自国民」というのは、もとより国ごとに異なるからです。
 実は政策論議や文献の中で、国レベルの競争力が取り上げられている場合、そこで論じられているのは、「国」を単位とした問題ではなく、特定産業の国内及び国外の市場における自国企業の競争力です。また、いわゆる国際的な競争力に関する議論が意味を持つのは、この限りだと思います。しかし、とかく「国の競争力」に関する議論は、この限界を超えて、政策的に意味のあるものと思われがちです。

 競争戦略論の研究者として著名なマイケル・ポーターは、1990年に『国の競争優位』という大著を刊行しました。そこで把握された「国の競争優位」とは、「ある国の企業が特定の産業分野において他国の企業よりも素早くイノベーションを実現できること」と要約できます。ポーターは、10カ国の多様な産業分野について貿易統計などを使った分析を行った上で、そのような競争優位を決定する要因を、4つの条件とそれらの相互作用関係としてまとめています。4つの条件とは、「要素条件」、「需要条件」、「関連産業・支援産業」そして「企業戦略・競争戦略」です。
 「要素条件」とは、生産活動の投入要素である熟練労働や、インフラストラクチャーなどの資源を意味しています。ただ、投入資源というと、既に与えられた条件のように見られがちですが、ポーターは熟練した人的資源や科学的知識などの最も重要な資源は、相続されるものではなく、創造するものであるという点に注意を促しています。
 「需要条件」とは、文字通り市場における需要が、どのような水準にあるのかを意味していますが、ここでポーターは、特に国内市場に要求水準の高い顧客(demanding buyers)が存在することが、イノベーションを加速させると述べています。
 「関連産業・支援産業」の条件については、特に国内のサプライヤーなどが、それ自体、強い競争力を持っていることが挙げられています。
 最後に「企業戦略・競争戦略」については、特に国内に強力な競合他社が存在することが、競争優位の創造と持続を促す条件として挙げられています。
 ポーターは、これら4つの要因が、相互関係を持つものであることを強調し、4点を線で結んだフレームワークを示して、これを「ダイヤモンド」と呼びました。要素間に相互作用があるということは、例えばある要素が国際競争において不利であっても、別の要素によって補完されることがあるといった状態を意味しています。このように4つの要素は相互作用しながら、全体としてイノベーションを創出する上での優位性を提供すると説明されているので、このフレームワークは、イノベーション・システムのモデルの1つとして捉えることができると思います。
 ただ、イノベーション・システムのモデルとして見た場合、このフレームワークは、イノベーション政策の役割を明示的に捉えていないという点で特異です。その背景には、政策の役割は競争的な環境を創出するための触媒に止まるべきだとするポーターの思想があります。彼は、政府主導型の共同研究開発のような政策は、競争力を弱めるものとして厳しく批判しています。しかし、政府がイノベーション・プロセスに直接介入する政策が、競争力を弱めるかどうかは、当該産業の発展段階によって異なると私は思います。かつて日本の政府が共同研究開発を主導したことには、当時の日本企業が1社当たりでは米国の巨大多国籍企業に到底太刀打ちできない弱小企業に過ぎなかったという事情に起因する蓋然性がありました。その意味で、政府の役割に対するポーターの見方は、歴史的な時間軸を持たない評価になってしまっているようです。

 さて、前述のように国際競争力に関する議論は、産業分野ごとに見なければ意味を持たないものになってしまうのですが、各国の政府は自国の産業競争力に重大な関心を寄せ、しばしば国レベルの競争力に関する評価レポートを公表してきました。
 その代表的な取組は、米国の競争力評議会(COC)に見ることができます。近年のCOCの評価レポートの中では、2004年に公表された"Innovate America"、通称「パルミサーノ・レポート」が日本でも注目されました。
 しかし、こうしたレポートの中には、明らかに利益誘導的な意図が窺えるものもあるので、注意が必要です。例えば、1999年にCOCが公表したレポートは、ポーターや著名な計量経済学者が関与し、イノベーション・インデックスという競争力指標を提示したことが注目されました。この指標は長期的にイノベーションをリードしていく国は日本であることを示しており、レポートは米国政府に警鐘を鳴らすものであったため、日本のメディアにも大きく取り上げられたのです。しかし、その内容を検討してみると、イノベーション・インデックスのアウトプット指標が専ら特許出願件数に依拠していることをはじめ、驚くほど杜撰な分析を行っていることに気付くことになるでしょう。

分野: イノベーションマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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