藤村まこと
社会心理、組織心理
13/08/08
私たちは、普段の生活において、いろいろな人や集団と接しています。こうした人や集団に出会った時、私たちは無意識のうちに、その印象を形成します。それを表現する際には、「優しい」、「賢い」、「頼もしい」といった性格や能力に関する言葉を用います(これを特性語と呼びます)。社会心理学の領域では,古くからこの印象形成の研究がなされています。
■印象はどのように形成されるのか
アッシュは,印象形成について以下のような実験を行っています。この実験では、人物の性格を記述したリストが二種類(A、B)作成されました。被験者は,ある人物の特徴として,いずれかのリストを提示されます。そして,そのリストをみて,人物がどのような人だと思うか印象を回答するものです。
リストA 「知的な、器用な、勤勉な、暖かい、決断力のある、実際的な、注意深い」
リストB 「知的な、器用な、勤勉な、冷たい、決断力のある、実際的な、注意深い」
このふたつのリストの違いが分かりますか?違いは,「暖かい」と「冷たい」のみで,それ以外はすべて同じことが書かれていました。さて、どちらのリストの方が良い印象をもたらすでしょうか。実験の結果、リストAの方が好ましく感じられることがわかりました。「暖かい」と「冷たい」以外の語を入れ替えた実験も行われていますが,それほど違いが生じなかったことから,印象形成には、「暖かい」や「冷たい」といった特性語が強い影響を及ぼすと考えられています。
それでは,性格を示す特性語の順番は、印象形成にどんな影響を及ぼすでしょうか。下にふたつのリストを示しました。リストAとリストBは、特性語の順番を逆にしたものです。リストAでは,ポジティブな特性語を先に示し、ネガティブな特性語が後になっています。一方、リストBでは順番が逆で、ネガティブからはじまり、ポジティブなものへと変わっています。リストAで紹介された人とリストBで紹介された人,あなたはそれぞれにどのような印象をいだくでしょうか?
リストA 「知的な、勤勉な、衝動的な、批判的な、嫉妬深い」
リストB 「嫉妬深い、批判的な、衝動的な、勤勉な、知的な」
実験の結果では、リストAの方が良い印象を与えることがわかっています。ふたつのリストに示されている特性はまったく同じであるにも関わらず、提示される順番によって、それを見た人びとの印象が変わるようです。この実験は,同じ特徴を持っていても,見せ方や表現の仕方によって、まったく異なる印象を抱かせるという点で興味深いですね。人は同じものであっても正確に対象を理解するのは難しいのかもしれません。
■人の性格や行動を予測する:対人認知
ところで、私の名前は「まこと」というのですが、これは男性に多い名前ですね。そのため多くの方が初めてお会いしたとき「男性と思っていました」とおっしゃいます。この例が示すのは、人はまだ会ったことのない人であっても、名前という限られた情報からきっとこういう人だろうと何らかのイメージを持ち,推測をしているということですね。ことのように、人は、特定の他者についてさまざまな情報をもとにその人の性格を判断したり、その人の行動を予測することを、心理学では「対人認知」と呼んでいます。(印象形成は、この対人認知の一部とみなされています。)この対人認知の作業は、意識せずとも、無意識的あるいは自動的に生じるようです。
それでは、人はどのように人物の推測をしているのでしょうか。その際に用いられるのは、その人自身の経験や知識です。もし「まこと」という名前の男性の知人が多ければ、きっと男性だろうと推測してしまいそうですね。また、相手が所属している集団やカテゴリーの情報をもとに、相手の特徴を推測することもあります。関西の人なら、きっとお笑いが好きだろう、九州の人ならお酒に強いだろう、といった例はよく聞きますね。このように,集団やカテゴリーに対してもたれている固定化したイメージは、「ステレオタイプ」と呼ばれています。ステレオタイプには、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものも含まれます。そしてステレオタイプにネガティブな感情や評価が結びつくとそれは、それは「偏見」と呼ばれます。
このように,私たちがそれぞれ有する経験や知識、ステレオタイプを動員して、相手の年齢や出身などの限られた情報から、印象を形成しています。これは、自分が持っている型に相手をはめるような対人認知です。これは、トップダウン型もしくはカテゴリー依存型の対人認知と呼ばれています。このタイプの対人認知は、とてもすばやく簡単に行えるため,私たちは頻繁に用いているといっていいでしょう。しかし、簡単である分、(私の名前のように)ときおり間違った推測をすることもあるようです。こうして、相手とつきあう時間が長くなったり、仲が深まる中で、自分の持つステレオタイプにはあてはまらない相手の特徴を見つけていくことがあります。そうなると人は、より細かい対人理解をする必要がでてきます。「Aさんは、九州の出身だけどお酒に弱い」、「Bさんは女性だけどよく食べる」など、集団やカテゴリーにしばられず、相手を個別的に見ていくことになります。このような対人認知の仕方は、ボトムアップ型もしくはピースミール型の対人認知と呼ばれています。
■集団の印象形成
最後に、集団に対する印象形成についてですが,ここでも私たちは集団の特徴を正確に捉えることが難しいことが分かっています。たとえば,ふたつの集団があります。ひとつは人数の多い集団で、もうひとつは少ない集団です。どちらにも同じ比率で良いことをする人がいれば,同じ比率で悪いことをする人がいるとします。言い換えれば,どちらも良い人の割合と悪い人の割合は同じです。しかしながら、その情報を正確に把握することは難しく、少数派集団の少数事例は、本来あまり関連のないものであっても強く関連づけられて記憶されるのだそうです。この現象は,「誤った関連づけ」もしくは「錯誤相関」と呼ばれています。多数集団と少数集団のそれぞれが、同じ割合で少数の悪い人がいたとすれば、少数集団と少数の悪い人が強く関連づけられることになります。このメカニズムによって、ネガティブなステレオタイプが生じているのかもしれません。
今日のまとめ
私たちは、相手が人であっても集団であっても、そこまで正確に相手のこと理解するのは簡単ではありません。カテゴリーや既有知識の枠組を用いるだけでなく、相手固有の特徴をしっかりと見る必要があるようです。
分野: 心理 |スピーカー: 藤村まこと