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ナレッジマネジメントの対象としての社会関係資本

永田晃也 技術経営、科学技術政策

13/04/29

ナレッジマネジメントをテーマに14回に亘って話してまいりましたが、これまで論じる機会がなかった重要なトピックを今回と次回に分けて取り上げ、ひとまず、このテーマのまとめに代えておきたいと思います。
 これまでの議論では、企業がその組織内部に保有している知識や、個人が保有している知識を経営資源として活用し、新たな知識を創造する上での課題や方法論について主に見てきました。ところが、活用できる知識資産は、組織や個人の内部にあるばかりでなく、組織と組織の間、個人と個人の間にも存在します。それは、「社会関係資本」と呼ばれるものです。

【社会関係資本の概念】
 社会関係資本とは、定義的には「共同体や集団にとって価値の源泉となる協力的な人間関係」を意味しています。この語は、もともと社会学、特に社会システム論の領域で使われはじめた「ソーシャル・キャピタル」の訳語です。ソーシャル・キャピタルを直訳すれば「社会資本」となり、実際そのように訳されることもあります。しかし、社会資本という語は、経済学的な議論の文脈でも道路、橋、港湾施設、空港など公共事業の対象となるインフラを意味するものとして使用されていますので、それとの混同を避けるために、ここでは社会関係資本という訳語を採ることにしたいと思います。

【信頼の定義】
 協力的な人間関係を形成する要素としては、信頼、規範、ネットワークが一般的に挙げられてきました。ナレッジマネジメントの対象として社会関係資本を考えるとき、これらの要素の中で特に重要な意味を持つのは信頼です。
 では、信頼とは何でしょうか。
 信頼について社会学者や政治学者あるいは社会心理学者が与えてきた定義の多くは、それを「期待」に関連づけています。いま、個々の学者の定義を吟味することは避けますが、それらに共通する内容を平易に言えば、信頼とは相手が規範に基づいて誠実かつ協力的に行動すること、あるいは相手の誠実かつ協力的な意思に対する期待であるというわけです。そして、そのような期待を根拠づけているものは、相手の行動傾向などに関する知識に他なりません。これは、信頼が知識資産と呼ばれる所以です。
 ところで、このように期待が組織間関係や対人関係に価値をもたらすのは、状況が不確実だからです。相手の意思に関わらず、相手が絶対に自分を裏切りそうもない状況のもとでは、相手の誠実さに対する期待は形成されないでしょう。言い換えれば、状況が不確実だからこそ、相手の誠実かつ協力的な行動に対する期待が形成されるわけですが、その期待には、状況の不確実性に応じた程度の違いがあると考えられます。そのため、相手の行動が期待できる確率として信頼を定義する考え方もあります。
 しかし、私はこのような定義を支持しません。期待の程度は確率によって定義できるでしょうが、それは信頼が確率によって定義できることを意味しません。例えば、「部下が50%の確率で仕事を完遂することが期待できる」とは言えても、「部下が50%の確率で仕事を完遂することを信頼する」というのは、「半分死んでいる」というのと同じくらい滑った言明です。
 ソロモンとフロレスという二人のコンサルタントが、2001年に「信頼の構築」という本を刊行していますが、彼らはその中で、「信頼が単にリスクや有利さの確率の計算である限り、それは本物の信頼ではない」と言っています。また、彼らは、本物の信頼とは、裏切られる可能性が排除できなくとも、コミットメントすることなのだと言っています。私は、この考え方に同意します。例えば、上司が部下を信頼するということは、単に「あなたを信頼する」と表明することではなく、部下が期待どおりに仕事を完遂することができなかった場合には、その責任を自ら引き受けるというコミットメントを伴うものである筈です。

【信頼の機能】
 さて、信頼は企業経営にどのような機能をもたらしているのでしょうか。
 顧客の信頼を獲得した企業や、従業員同士の間に信頼関係が存在する企業では生産性が高いという事実は、広く確認されてきました。このことから、ナレッジマネジメントに関する研究は、質の高い経営を構成する要素として信頼を捉え、その構築を重要な課題として位置づけてきたわけです。
 信頼の果たす役割の重要性は、経営学以外の分野の研究者によっても注目されてきました。例えば、政治学者のフランシス・フクヤマは、日本の自動車メーカーが完成させたリーン生産システムを取り上げ、そこでは組み立てラインの労働者に多くの意思決定権限が与えられていることや、生産システムを支えている系列のもとでは組み立てメーカーとサプライヤーの間で長期的な取引関係が結ばれていることなどに注目しています。フクヤマは、こうした事例を踏まえて、日本を典型的な高信頼社会として特徴づけています。
 しかし、一方では、社会心理学者の山岸俊男教授が、日本では一般的な信頼関係が醸成され難いと指摘しています。日本的な集団主義社会では、いったん信頼関係が成立すると、その内部に安心していられる環境が生み出されるけれども、その環境が集団の枠を超えた一般的な信頼の醸成を阻害するというわけです。
 また、集団の中に過剰な社会関係資本が存在していると、その集団が不合理な意思決定を行う原因になることがあると指摘する研究者もいます。これは、グループシンク、集団思考とか集団浅慮と呼ばれる現象です。この原因となる社会関係資本は、信頼ではなく規範ですが、社会関係資本にはこのような逆機能もあるという点に注意を促しておきたいと思います。

 ところで、社会関係資本は、企業の生産効率に影響を及ぼすばかりでなく、政府の効率、地域社会の安定などにも影響を及ぼすことが知られています。次回は、この点に関連して公共政策におけるナレッジマネジメントについて考えてみたいと思います。

分野: ナレッジマネジメント |スピーカー: 永田晃也

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