QTnet モーニングビジネススクール

QTnet
モーニングビジネススクールWeb版

FM FUKUOKAで放送中「QTnet モーニングビジネススクール」オンエア内容をWeb版でご覧いただけます。
ポッドキャスティングやブログで毎日のオンエア内容をチェック!

PODCASTING RSSで登録 PODCASTING iTunesで登録

スピーカープロフィール

ナレッジマネジメント(8)-ミドル・アップダウン・マネジメント

永田晃也 技術経営、科学技術政策

12/11/09

前回は、野中郁次郎先生によって提唱された組織的知識創造理論の核心であるSECIモデルについて解説しました。このモデルでは、新たな知識が創造されるプロセスは、暗黙知と形式知という二つのタイプの知識の変換作用として捉えられています。知識変換には、暗黙知の「共同化」、暗黙知から形式知への「表出化」、形式知の「連結化」、形式知から暗黙知への「内面化」という4つのモードがあるとされています。
 今日は、こうした知識変換のプロセスを促進する要因について、解説してみたいと思います。

【知識創造の促進要因】
 知識変換の基本的な要件については、これまでのお話の中でも既に言及しています。共同化については経験の共有、表出化については対話、連結化については知識の整理・標準化、内面化については行動による学習という要件を挙げておいたと思います。こうした要件は、企業にとって自然に発生したり、与えられたりするものではありません。したがって、企業が知識創造を促進するためには、これら要件の獲得に関わる因子、すなわち知識創造の促進要因を把握しておく必要があります。
 この点については、野中先生自身によって、かなり早い時期の文献から、様々な説明が試みられています。まず、企業の全体的な方向づけについては、知識創造に向けた戦略的な意図を明確に示し、組織メンバーのコミットメントを引き出すこと。その一方で、組織のメンバーに可能な限り個人レベルでの自律的な行動を許し、個人が知識創造に向けて自らを動機づけることを容易にすること、などが挙げられてきました。
 また、組織のメンバーが常に快適な習慣的状態におかれていると、知識創造への動機づけが行われ難くなるため、ときとしてリーダーが挑戦的な目標をメンバーに示すことで、意図的に危機感を与え、組織内の緊張を高める必要があると指摘されています。このようにして作り出される状況は、「ゆらぎ」とか「創造的カオス」と呼ばれています。
 さらに、組織のメンバーが当面必要としない仕事上の知識を重複共有しておくことが、知識創造を促すとされています。そのような重複は一見、無駄に見えるため、組織的な「冗長性」と呼ばれるのですが、例えば異なる職能分野や技術分野の間で共有された知識が存在することによって、異分野間での対話が促されることにもなるわけです。こうした冗長性を組織に組み込む方法としては、異なる分野間での人事ローテーションなどが挙げられています。
 ただ、このような知識の重複共有を進めていくと、認知的な処理能力を超えて、組織のメンバーに過剰な負荷を加えることになる虞があります。こうした問題に対処する方法としては、全てのメンバーを相互に連結させて知識を共有させるのではなく、メンバーの誰が、どのような知識を持っているのかをガイドできるようにメンバー間の連結を行うことが有効であるとされています。このような組織の編成原理を、野中先生は「最小有効多様性」というシステム論の概念を使って説明しています。

【ミドル・アップダウン・マネジメント】
 知識変換を促す意志決定の方法についても、注目すべき指摘が行われています。組織的な意思決定の方法としては、トップダウン型とボトムアップ型がよく知られています。これらに対して野中先生は、部分的な知識変換を担うものとして一定の重要性を認めた上で、第3の方法として「ミドル・アップダウン」の存在と、その重要性を指摘しています。
 ミドル・アップダウンとは、ミドル・マネジャーが、経営トップと第一線の社員すなわちボトムを巻き込む形で、知識変換のスパイラル・プロセスを創り出していく様子を表しています。経営トップが示すビジョンは、壮大な理想に基づくものであるべきですが、それが理想的なものであるほど、第一線社員が直面している現実的な状況とは矛盾することになります。ミドル・マネジャーの役割は、トップが示す壮大なビジョンを実際に検証できるような中範囲のコンセプトに落とし込むことによって、両者の矛盾を解消することに見出されています。つまりミドル・マネジャーは、トップと第一線社員の結節点に立ち、両者の間で知識を転移させるための重要な役割を果たし得るというのです。
 一頃、欧米の経営思想家たちの間では、ミドル・マネジャーは変化に抵抗する邪魔者として、盛んに攻撃の対象とされていました。イントラネットの普及は、こうした議論に拍車をかけ、トップと第一線社員を直接結びつけることが効率的な意思決定を促す方法として持て囃されました。そのような論調が、1990年代の前半にはリエンジニアリングの手法を武器として、組織に破壊的なダウンサイジングを行うことになったわけです。
 野中先生は、こうした議論に与することなく、一貫してミドルの役割を擁護してきました。これは経営思想家として、たいへん立派なことであったと私は思います。

 知識創造の促進要因としては、以上の他にも、様々な要因が挙げられていますが、それらについては、また回を改めて解説いたします。
 今回も、耳慣れない用語を沢山使うことになったと思います。いずれも重要な論点に関連するものなので取り上げたのですが、ひとつご記憶頂きたいキーワードとしては、「ミドル・アップダウン・マネジメント」を挙げておきたいと思います。

分野: ナレッジマネジメント |スピーカー: 永田晃也

トップページに戻る