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高田仁准教授一覧

巨大科学の意義(その1)(産学連携マネジメント/高田仁)

12/01/27

多数の研究者、多額の予算を必要とする国家規模、
あるいは国家の枠を越えた連携によって推進される科学は、
巨大科学(ビッグサイエンス)と呼ばれる。

かつて民主党に政権交代した直後の事業仕分けで、
「2番じゃダメなんですか?」という
蓮舫議員の突っ込みが話題になった
スーパーコンピューター「京(けい)」もそれに該当すると言えるだろう。
「巨大科学にはカネがかかるから、
貧乏になったウチ(日本)がわざわざやる必要はない」という意見もあれば、
「巨大科学は人類の進歩に必要だから止めるべきではない」という意見もあるだろう。

国家の財政状況が悪い中で、
今後、我々は巨大科学に対してどのように向き合っていくべきなのか?
まず、科学とは人類にとってどんな意味があるかについて
整理しておく必要があるだろう。1999年、
ハンガリーのブダペストで開催された「世界科学会議」で、
科学は次の4つの定義がなされた。
(1)知識の進歩のための科学(真理の探究、科学のための科学)
(2)平和実現のための科学
(3)持続的発展のための科学
(4)社会のための、そして社会の中の科学

注目すべきなのは4つめで、科学者の好奇心に基づいて、
社会との関係性を意識しないという枠組みに科学が
収まりきれなくなったことを意味する。

科学史家・科学哲学者の村上陽一郎先生によると、
そもそもサイエンティスト(科学者)という言葉が
初めて登場したのは1834年とされており、
それ以前は「哲学者」の一類型だった。
それが19世紀のヨーロッパで、自然科学にかんする関心の高まりと
理論の解明が進む中で、職業としての「科学者」が生まれ確立されるに至ったのだ。

「科学者」は、高度な知識を持つ一握りの人たちに限られ、
目的を共有する共同体の中に閉じて活動することが多かった。
「学会」の参加資格として会員の推薦を必須とする慣行は
今でも多く続けられている。
良くも悪くも、成り立ちの段階から閉鎖的だったのだ。

では、「科学」と関連して使用されることが多い「技術」はどうだろうか?
例えば、近代産業を大きく発展させたエジソンは、
科学者として教育を受けたわけではなく、いわゆる「叩き上げ」の人である。
つまり「技術」は、「科学」とは全く別々の文脈からスタートした。
従って、教育面でも、科学を教える大学と、
技術を教える工業専門学校は全く別物として発展してきたのだ。

村上陽一郎先生の著書によると、科学研究の成果が産業に利用し得ることを
最初に示した例は、デュポンのナイロン(1935年)だそうだ。
その後、第二次世界大戦時のマンハッタン計画で、
科学研究の成果が非常に大きな社会インパクトをもたらすことを経験したことを機に、
科学に対する政府や社会の関心が高まり、
科学研究への政府投資が増加するようになった。
その結果、「技術」のみならず「科学」にも、
社会の為に役立つ成果が期待されるようになったのだ。

現在はその延長線上にある。例えば我が国では、
1995年の科学技術基本法の制定と科学技術基本計画の策定によって、
第1期の5年間で17兆円、第2期24兆円、第3期25兆円、
第4期(現在)も25兆円を国家として科学研究に投じており、
目に見える成果への社会的期待が高まっている。
国家的な科学プロジェクトでは、「イノベーションは本当に実現できるのか?」とか、
「いつどんな成果を国民に提示できるのか?」といったことが
しつこいくらいに問われる。
これは、少々近視眼的な状況に陥っているようにも見える。

そんな中で、素粒子物理学の領域でILC(国際リニアコライダー)
という1兆円規模の国際プロジェクトを日本に誘致しようという動きが始まっている。

次回は、このプロジェクトの概要を説明しながら、
巨大科学の意義について考えてみたい。

分野: 高田仁准教授 |スピーカー:

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