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新技術の収益化の難しさ(その1 キャノンのSED撤退)(産学連携マネジメント/高田仁)

10/09/13

先日、キャノンのSED事業撤退が発表された。
SED(Surface-conduction Electron-emitter Display)は、
キャノンが1980年代半ばから開発を開始していたもので、
90年代終盤からは東芝と共同で実用化を目指していた。

発光体に電子を当てて表示する原理はブラウン管と同様だが、
電子銃に相当する部分が画素数と同じだけ設けられているので、
応答性が早く美しい画面が実現できる点が特徴だった。

基本技術を開発していたキャノンは、TVセット技術を持つ東芝と手を組み、
SEDは次世代の薄型ディスプレーとして市場の期待も大きかった。

当初は、2005年に発売を開始するという予定だったが、
開発が長引き2007年発売にまで予定が先送りされた

また、影響が大きかったのが、米国企業による特許訴訟である。
この訴訟は長期化し、これが一因で東芝が撤退を表明したため、
合弁会社のSED(株)は2007年にキャノンの完全子会社となった。

結果的にキャノンは米国企業との訴訟には勝訴したが、
この間にプラズマや液晶などの薄型・大型ディスプレーの
低コスト化が一気に進んでしまったため、
SEDの量産技術レベルでは市場での競争力がない状態となってしまい、
2010年8月に完全撤退に至ったという結末である。

この事例から、いくつかの示唆が得られる。
1つ目は、独占状態で技術開発を行うことの難しさ。
SEDはキャノンの独自技術なので開発は内部で行われる。
開発人材が内部に閉じていると、技術的なブレークスルーをもたらす
新しいアイデアが得られにくく、結果的に開発は遅れがちになる。
一方で、液晶・プラズマは、04年頃に「1インチ1万円」が、
僅か1年半で「1インチ5千円」に価格低下するほど進化が早い。
「たら、れば」の話だが、仮に早い段階で技術を外部企業にもライセンス・アウトし、
他社も巻き込んだ開発環境(オープン・イノベーションとも言える環境)
を敢えて形成していたら、もっと早く低コストの量産技術を確立でき、
次世代のディスプレー技術として確立できたかもしれない。

2つ目は、知財訴訟がもたらしたマイナスの影響。
最終的には勝訴したが、結論(勝訴)を得るまでに約2年を要した。
結論が見えない段階では、万が一のリスクを考えて
自社内の開発投資をスローダウンさせることもありうる。
これも「たら、れば」だが、仮にSEDが独占開発状態ではなく、
他社を巻き込んだオープンな開発環境があれば、訴訟の行方も変わったかもしれない。

3つ目が最も重要だが、事業戦略の曖昧さ。
2007年末の段階で、キャノンは日立および松下と
液晶・有機EL分野で包括提携を発表している。
液晶も有機ELも、いずれも中小型液晶を対象としており、
キャノンは自社のデジカメのキーパーツの内製化を目論んでの提携であると発表した。
が、デジカメの液晶デバイスが真のキーパーツであるか、疑問も残る。
わざわざ自社で開発しなくても小型ディスプレー技術は世の中に溢れているので、
敢えて内製化することのメリットはそれほど大きくないのではないか。

一方、会見の席上でSEDの位置づけについて問われると、
「SEDは55インチ以上の大型向けで、開発は全くあきらめていないし、継続している」
との表明がなされた。

つまり、2007年末の段階で、液晶、有機EL、SEDの3タイプの
全く原理が異なるディスプレー技術を内製しようとしていた。
結果的に、SED撤退の決断に2年半以上を要したことになる。

光学技術をコアとするキャノンに取って、
ディスプレー技術が重点投資に値するコア技術なのか、
更に、そこに3タイプもの開発を並列させる価値はどの程度あるのか、
事業戦略の観点から曖昧さを拭いきれない。

新技術の収益化は難易度が高いことは言うまでもない。
キャノンのSED事業には、撤退に至る過程で
いくつかの重要な分水嶺があったように思われる。より深く分析してみたいものである。

分野: 高田仁准教授 |スピーカー:

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