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永田晃也教授一覧

伝統芸能のコラボレーション(イノベーション/永田)

08/04/03

これまで18回に亘って
イノベーションに関する様々な
トピックを取り上げてきました。
まだ取り上げてみたいトピックは
沢山あるのですが、一段落つける意味で、
今回は敢えて番外編的な話をしてみたいと思います。


伝統芸能の「能」を観ることは、
私のささやかな趣味で、
福岡の能楽堂にもたまに足を運ぶことがあります。
以前、能楽師の方々の役割分担や
舞台を構成するコラボレーションの仕組みに
興味を持ち、組織論的な研究を試みたことがあります。


能の舞台を構成する役割は、
主役を演じるシテ方、
シテ方の相手をする役割を演じるワキ方 、
楽器の演奏と掛け声を担当する囃子方からなり、
さらに囃子方は、その使用する楽器から
笛方、小鼓方、大鼓方、太鼓方 からなります。
シテ方の流派は、地謡と呼ばれる
一種のコーラスも担当します。
舞台の前半と後半をつなぐ部分で、
ストーリー進行を説明する
狂言方が登場する演目もあります。


それぞれの役割は
2〜5の流派に分かれており、
能楽師は通常一つの役割の、
一つの流派に属してその技を研鑽しています。
彼らは、これらの役割を兼任することは決してなく、
一度決めた役割を変更することも
極めて稀だそうです。
つまり、完全な分業制といってよいでしょう。


舞台では役割ごとに一流派ずつが集まって
演目が演じられているわけですが、
その流派の組み合わせには
原則的なルールがありません。
したがって、全ての役割が
出演する演目では、理論的には
流派の組み合わせに3600通りもの
バリエーションが存在することになります。


一方、能の舞台演出には、
様々な即興的要素が含まれています。
例えばシテ方が行う舞いにも、
囃子方が行う演奏にも
即興的な演出が入ることがあります。


ところが、このような舞台演習の
多様性が存在するにも関わらず、
能は近代演劇と異なり、
公演に先だって全ての役割が
集合して練習を重ねたり、
詳細な打ち合わせを行うということがなく、
通常はただ1回の「申し合わせ」と呼ばれる
リハーサルが行われるだけです。
何故そんなことが可能なのでしょうか。


能の舞台がその洗練された
様式美を損なうことなく演じられる背景には、
要素的技能の組み合わせの
バリエーションや即興に対応するための、
柔軟なコラボレーションの
メカニズムがある筈です。
私は、この点に関心を持ちました。


私は、まず能における
即興的要素を、ジャズのジャム・セッションの
それと比較してみました。
また、様々な役割を統合する
メカニズムについて、能の舞台上での
リーダーシップと、オーケストラの演奏における
指揮者の職能との比較を行ってみました。
そうした比較研究から、
いろいろ興味深いことが見いだされましたが、
ここでは能のコラボレーションの
特徴について結論的に分かったことだけを
述べておきたいと思います。


私は、要素的技能の
組み合わせの多様性を維持し、
即興的な演出の変化に対応しつつ
様式的な美を創造するためのメカニズムを、
仕切られたネットワーク上の
コラボレーションと呼んでみました。


仮に、ある役割が
他の全ての役割について
流派ごとのルールを理解した上でなければ
即興的な変化に対応できないのであれば、
舞台上の能楽師たちは
膨大な情報処理を行わなければならないでしょう。
ところが実際には、
ある役割によってリードされ、
相互作用を行う他の役割は限られているのです。
シテ方は地謡やワキ方と相互作用しながら、
囃子方をリードします。囃子方のうち、
大鼓方は地謡や小鼓と相互作用しながら、
笛方をリードします。
また、笛方や太鼓方はシテ方を
リードすることがあります。
能の役割は完全な分業制ですが、
このような意思伝達を
可能にするために必要な知識は、
役割間で部分的に共有されているのです。
例えば、ワキ方は、シテ方の
全流派のルールに関する知識を保有しています。


このような意思伝達の仕組みは
一種のネットワーク構造を持っていますが、
全てのプレーヤーが相互に
完全連結しているのではなく、
連結の仕方が一定のルールの下に
仕切られているわけです。
それは、流派の組み合わせや
即興などの状況的な多様性に
対応するための最小限の組織的な
多様性を担保しているという意味で、
システム科学の分野で言われてきた
最小有効多様性(requisite variety)を持った
ネットワーク構造として捉えることができます。
また、このネットワークは
基本的にはシテ方を中心にしているものの、
意志伝達が循環構造を持っているため、
どのプレーヤーも状況に応じて
リーダーシップを取り得る
構造になっている点に特徴があります。


ところで、能における
このようなコラボレーションの仕組みは、
特定の個人や組織によって設計されたのではなく、
歴史的に生成されてきたものです。
能は過去何度か衰亡の危機に
直面してきましたが、その最大の危機は、
封建的な権力による保護を失った
近代初期にありました。
それまで、能には座と呼ばれる
劇団に類した組織が複数存在していました。
役割ごとの多様な流派はありましたが、
その組み合わせのバリエーションは
座によって統率されており、
限定的なものであったようです。
この座が近代初期に崩壊し、
いくつかの流派が消失したことによって、
能を継続していくためには、
従来の枠を超えた流派の組み合わせによる
公演を行わざるを得なくなったのです。
このような危機を乗り越えようとする過程において、
能を担う芸能集団は、
新たなコラボレーションの仕組みを
生みだしていったのです。
それは一種の組織的イノベーション
であったと言えるでしょう。


このことは企業経営に対して
一つの重要な示唆を提供しています。
危機は、それを乗り越えようとする過程で、
新しい組織デザインを創出するための
機会にもなり得るということです。

分野: 永田晃也教授 |スピーカー:

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